米国における広範な機能限定を含むクレームに対する実施可能要件

目次

要旨:米国特許法における実施可能要件は、特許の開示が当業者に対して過度な実験なしにクレームされた発明を製造、使用する方法を教示している場合に満たされる。生物学的機能によって広範に“クレームされた抗体がクレームされた実施形態の全範囲に及ぶには、相当の時間と労力が必要となる”場合、過度な実験となるであろうか。

要約

米国特許法では、明細書には、“当業者が(略)同じものを製造、使用することができるように”発明の実施方法を記載することを要求している。この実施可能要件は、特許の開示が当業者に対して過度な実験なしにクレームされた発明を製造、使用する方法を教示している場合に満たされる。生物学的機能によって広範にクレームされた抗体が“クレームされた実施形態の全範囲に及ぶには、相当の時間と労力が必要となる”場合、過度な実験となるであろうか。米国連邦最高裁判所は、この問題を解決するための控訴を受理した。

技術

循環血液中のLDL(低密度リポタンパク質)コレステロールのレベルが高いと、心臓発作や脳卒中のリスクが高まる。LDLコレステロールは、脂肪分の多い食品を消化することで発生し、また肝臓で生成される。そのため、高コレステロール血症の(LDLコレステロールが高い)患者には、まず食生活の見直しと、循環するLDLコレステロールのレベルを下げるスタチン系薬剤の処方による治療を施す。しかし、循環LDLコレステロールが十分に下がらない場合や、スタチン系薬剤が副作用を引き起こす場合には、新しいクラスの生物学的製剤の抗体、すなわち、PCSK9(プロテイン・コンバーターゼ・サブチリシン・ケキシン9型)と結合するアムジェン社のレパーサ(Repatha)®またはサノフィ社のプラルエント(Praluent)®が処方されることがある。

LDLコレステロールは、LDLレセプター(LDLR)と結合して循環血液から除去される。しかし、LDLレセプターはPCSK9とも結合する。PCSK9とLDLレセプターが結合すると、LDLレセプターの分解が誘発され、循環するLDLコレステロールのレベルを上昇させてしまう。簡単に言うと、(1)LDLコレステロールのLDLレセプターとの結合、(2)PCSK9のLDLレセプターとの結合、および(3)抗体のPCSK9との結合という、3つの異なる結合反応が起こる。PCSK9は、抗体またはLDLレセプターのいずれかに結合することができるが、両方に結合することはない。抗体がPCSK9と結合すると、LDLレセプターと結合してその分解を誘発するPCSK9の能力は阻害される。LDLコレステロールと結合するLDLレセプターが増え、循環からの除去が促進される。つまり、この抗体は、PCSK9と結合することでPCSK9がLDLレセプターと結合するのを阻害することにより、循環コレステロールのレベルを低下させる。レパーサ®とプラルエント®はそれぞれ独自に発見され、異なる化学構造(すなわち、タンパク質配列)を有しているが、生物学的機能(すなわち、PCSK9に結合して阻害すること)は同じである。

アムジェン社がサノフィ社を特許侵害で提訴

レパーサ®、次にプラルエント®の高コレステロール血症治療への使用が、欧州連合、日本、および米国で承認された。アムジェン社は、PCSK9に結合して阻害する抗体の特許を取得し、2016年にサノフィ社を特許侵害で訴えた。アムジェン社はドイツと日本でサノフィ社に対する差止命令を獲得し、執行した。2020年、欧州特許庁はプラルエント®を保護対象としたアムジェン社のクレームをすべて取り消したが、レパーサ®を保護対象とするクレームは今も有効である。さらに最近、日本の知的財産高等裁判所は、アムジェン社が主張するクレームには特許性がないとの判決を下した。しかし、両国において、アムジェン社の特許が無効になるまでの数年間は、プラルエント®を処方することができなかった。米国では、訴訟が進行中であり、連邦最高裁判所にまで上訴されている。

アムジェン社の特許クレーム

米国特許8,829,165号(165特許)のクレーム19と29、および米国特許8,859,741号(741特許)のクレーム7は、(1)PCSK9のタンパク質配列における特定の残基への結合、および(2)PCSK9のLDLレセプターへの結合の阻害、という2つの機能限定を含むが、抗体の化学構造についての記載がない。抗体の結合対象であるPCSK9の構造のみが記載されている。

165特許

1.PCSK9に結合すると、シーケンス番号3におけるS153、I154、P155、R194、D238、A239、I369、S372、D374、C375、T377、C378、F379、V380、およびS381のうち少なくとも1つの残基に結合し、PCSK9とLDLレセプターの結合を阻害する、単離したモノクローナル抗体。

19.シーケンス番号3に記載されたS153、I154、P155、R194、D238、A239、I369、S372、D374、C375、T377、C378、F379、V380、およびS381のうち少なくとも2つのPCSK9の残基と結合することを特徴とする、クレーム1に記載の単離したモノクローナル抗体。

29.シーケンス番号3に記載されたS153、I154、P155、R194、D238、A239、I369、S372、D374、C375、T377、C378、F379、V380およびS381のうち少なくとも2つのPCSK9の残基と結合し、LDLレセプターに対するPCSK9の結合を少なくとも80%阻害する、単離されたモノクローナル抗体を含有する医薬組成物。

741特許

1.シーケンス番号3における237および238のうち少なくとも1つの残基を有するPCSK9上のエピトープに結合し、PCSK9のLDLレセプターへの結合を阻害する、PCSK9に結合する単離されたモノクローナル抗体。

2.中和抗体であることを特徴とする、クレーム1に記載の単離されたモノクローナル抗体。

7.エピトープは機能性エピトープであることを特徴とする、クレーム2に記載の単離されたモノクローナル抗体。

「本事件で訴えられた各クレームは、構造によってではなく、機能的限定を満たすことによって定義された組成物クレームである」(サノフィ社対アムジェン社事件、事件番号987F.3rd1080,1087(連邦巡回区控訴裁判所、2021年判決))。すなわち、侵害している抗体は、クレームに記載された生物学的機能(すなわち、PCSK9に結合して阻害すること)を有することが要求されるが、レパーサ®やアムジェン社の米国特許の明細書に記載された他の抗体と構造的に類似していなくてもよい。サノフィ社は、アムジェン社のクレームは実施可能性の欠如(すなわち、発明の開示が不十分であること)により無効であると主張した。

一審・控訴裁判所

実施可能性の欠如は、クレームされた発明を実施するには過度の実験が必要であるという明確かつ説得力のある証拠によって証明されなければならない(Barr Labs.社対Alcon Res社事件、事件番号745 F.3rd 1180,1188(連邦巡回区控訴裁判所、2014年判決))。「過度な実験が必要かどうかは、単一の単純な事実判断ではなく、多くの事実的考察を秤にかけて到達する結論である」(対Wands事件、事件番号858F.2d731,737(連邦巡回区控訴裁判所1988判決。Wands要因として知られる事実上の考慮事項は、“(1)必要な実験の量、(2)提示された指示や指針の量、(3)実施例の有無、(4)発明の性質、(5)先行技術の状態、(6)当業者の相対的技能、(7)技術の予測可能性や予測不可能性、および(8)クレームの広さ”である(同上)。アムジェン社は、不当な実験が必要であるかどうかを判断するためのワンズの枠組みに関して、異議を唱えなかった。

米国連邦地裁および連邦巡回控訴裁は、アムジェン社が主張するクレームは実施可能ではないとするサノフィ社に同意した(アムジェン社 at 1087)。連邦巡回区控訴裁判所は、「機能的な“限定”を含むクレームの実施可能性の調査は、特に予測可能性および指針が不十分な場合に、それら“限定”の幅に焦点を当てることができる。特に、特許が開示する限られた数の実施形態だけでなく、クレームの全範囲を製造、使用するために必要となる実験の量を考慮することが重要である」と述べている(アムジェン社 at 1086)。裁判所は、機能的限定の広さを鑑み、クレームが機能的限定のみを記載し、明細書の開示範囲が狭いとして、アムジェン社の特許を批判した(同上 at 1087)。(「我々は、単に“クレームされた”実施形態の数だけでなく、その機能的な広さも考慮している。実施形態の正確な数に関係なく、クレームの範囲は、開示された実施例よりも機能的多様性がはるかに広いことは明らかである」)。「広範な機能的クレーム限定の使用は、実施可能性のハードルを上げる」(同上)。

連邦巡回区控訴裁判所は、「合理的な事実認定者であれば、該当の特許がクレームの全範囲について当業者に重要な指針や指示を与えていないと結論づけるだろう」と、連邦地裁に同意した(同上 at 1088)。「ここでの機能限定は広く、開示された実施例や指針は狭い。合理的な陪審員であれば、このことに基づいて、クレームされた実施形態の全範囲に及ぶには、“相当な時間と努力”だけが必要であると結論付けたりはしない」(同上)。連邦巡回区控訴裁判所はまた、「開示されていないクレームされた実施形態を当業者が発見する唯一の方法は、試行錯誤によるか、開示された抗体に変更を加えた上で、それらの抗体を所望の結合および阻害特性についてスクリーニングすることによるか、さもなければ抗体を新たに発見することによるものである」と地裁と合意した(同上、内部引用符は省略。属クレームに包含されるすべての実施形態を実施するために必要な努力は、それ自体で実施可能性の欠如を証明するものではないが、連邦巡回区控訴裁判所は、“開示された実施例や指針の範囲外の実施形態を得るために必要な努力量”の考慮は適切であるとした(同上)。「クレームにおける機能的限定は、実施可能要件を満たすクレームから必ずしも排除されることはないが、そのような限定は、広範な機能的言語を記載するクレームの実施可能要件を満たす上で高いハードルをもたらす」(同上 at 1087)。

連邦最高裁判所

米国連邦最高裁での口頭弁論は、2023年3月27日に予定されている。アムジェン社は、「明細書は、当業者が実質的な時間と労力をかけずに(略)クレームされた実施形態の全範囲に及ぶことを可能にしなければならない」という連邦巡回控訴裁判所の基準は、35U.S.C.112a)の法定要件(すなわち、明細書は当業者がクレームされた発明を製造、使用することを可能にしなければならないこと)を超え、判例と矛盾していると主張している。アムジェン社は、一審において、「サノフィ社は明細書の指針と実施例に従って作成できなかった抗体候補を1つも特定できていない」と述べ、「クレームの範囲が複数の特定の機能に関してクレームされた何百万もの候補を包含すること、および各抗体候補を最初に生成し、次にスクリーニングする必要があることは、証拠が示している」と裁判所が認めたことに異議を唱えた。

米国特許審査

1.米国最高裁が単純なテスト(例えば、実施可能性の欠如には、クレームの範囲内で出願人の教示に従って作ることができなかった少なくとも1つの実施形態を特定する必要がある)を採用すれば、USPTOにおける特許審査を変えるであろう(should)。バイオテクノロジーやライフサイエンスは予測不可能性であることで有名だが、より予測可能な技術において求められる指針の量や実施例の数はそれほど負担にならないであろう(should)。

2.米国最高裁の判示は、今回の事実に限定されるであろう(should)。連邦巡回控訴裁判所の意見にあるように、抗体のタンパク質配列の変異がその構造や機能に及ぼす影響を予測することは、(不可能ではないにせよ)困難である。将来的には、この影響はより予測しやすくなり、実施可能にする開示はそれほど多くの実施例を必要としなくなるであろう(will)。

3.しかし、shouldはwillとは異なる。連邦巡回控訴裁の判決が支持されれば、米国の審査官は、Wands要因を適切に考慮することなく、機能限定のみを含むプロダクトクレームを拒絶するようになるかもしれない。一旦実施可能性の欠如を理由にクレームを拒絶し、その法的根拠として本判例を引用した場合、米国審査官がWands要因を適切に考慮しなかったことを理由に、実施可能性拒絶を撤回するよう説得するのは難しいかもしれない。

4.もちろん、機能的限定のみを含む抗体クレームの許可を得ることは可能かもしれない。ただし、そのようなクレームは弱く、実施困難とみなされる可能性があることに留意すべきである。

5.ミーンズプラスファンクションクレームにおける機能的限定は、法令上認められている(35U.S.C.112(f)):“組合せに係るクレームの要素は、その構造(略)を詳述することなく、特定の機能を遂行するための手段(略)として記載することができ、当該クレームは、明細書に記載された対応する構造(略)およびそれらの均等物を対象としているものと解釈される”)。米国特許商標庁がサーチを行う前にプロダクトクレームとミーンズプラスファンクションクレームの両方を提出することで、どちらか一方を提出するよりもより良い特許保護が得られるかもしれない。

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