中国の人工知能に係る特許審査について(2)

目次

要旨:今回の記事では、保護の客体が成立することを前提に、中国のAIに係る発明特許の実体審査における請求項の進歩性の審査についてと、今後のAI特許の審査の動きを説明する。

前回の記事では、人工知能(AI)の保護の客体および関連の審査規定について説明した。今回の記事では、保護の客体が成立することを前提に、中国のAIに係る発明特許の実体審査における請求項の進歩性の審査についての説明と、最後に、中国における今後のAI特許の審査の改革動向について説明する。

AIに係る発明特許の進歩性の審査について

技術的特徴およびアルゴリズムの特徴を全体的に考慮

改正後の「専利審査指南」では、「審査においては、技術的特徴とアルゴリズムの特徴または商業規則および方法の特徴等とを簡単に切り離すべきではない。請求項に記載するあらゆる内容を一つの全体として、その技術的手段、解決しようとする技術的問題および得られる技術的効果を分析しなければならない」と明確に規定している。具体的には、AI特許の場合、技術的特徴と、技術的特徴と機能的に相互にサポートし、相互作用関係を有するアルゴリズムの特徴とを全体的に考慮しなければならない。「機能的に相互にサポートし、相互作用関係を有する」とは、AIのアルゴリズムの特徴と技術的特徴とが密接に結合し、解決しようとする技術的課題の技術的解決手段を構成し、対応する技術的効果が得られることを指す。このような場合、AIのアルゴリズムの特徴が技術的解決手段の一部となって、技術的解決手段に貢献しているため、該技術的解決手段は進歩性を有することが反映される。

区別的な技術的特徴がアルゴリズムの特徴のみである進歩性の審査実務

AIの特許審査にあたって、請求項と従来技術との相違点がアルゴリズムの特徴のみにある場合の進歩性の主張について説明する。前述の審査指南における「技術的特徴とアルゴリズムの特徴とを全体的に考慮する」という審査基準から、AIのアルゴリズムの特徴と技術的特徴とが「機能的に相互にサポートし、相互作用関係を有する」ことを見つけ出すのが最も重要である。そして、該相互関係に基づいて、解決しようとする技術的課題および得られる技術的効果を特定することによって、進歩性を主張する。
例えば、多くのAIの技術的解決手段は、アルゴリズムとして、既知の数学的アルゴリズムまたは数学モデルを用いて、請求項における技術的特徴と結び合わせることによって、技術的特徴と相互に関係している。該数学的アルゴリズムまたは数学モデルにおける特定のパラメータが本技術的解決手段において特定の意味を有し、技術的課題を解決して特定の技術的効果が得られる。従って、該技術的解決手段が自明でなく、該請求項が従来技術に対し進歩性を有することを特定できる。
これを基に、AI請求項の数学的アルゴリズムまたは数学モデルが、従来技術の数学的アルゴリズムまたは数学モデルに比べ、パラメータの選択、計算ステップまたはレベルの削減、計算ロジックの更新などで改善されている場合、該改善点のアルゴリズムの特徴と請求項における技術的特徴とがいかに組み合わさるかを更に見つけ出し、該組み合わせによって解決する技術的課題および得られる技術的効果を明確にする。また、該AI請求項は、保護を請求する技術的解決手段が従来技術より技術的示唆が与えられていないため、進歩性を有することとなる。

中国におけるAI関連特許の審査の動向

AI技術の特許について、中国国家知識産権局が2021年8月に公表した「専利審査指南改正草案(意見募集稿)」(以下、「意見募集稿」をいう)では、AI技術に関する審査規定をさらに補足している。審査指南の改定がまだ完了していないが、この部分の改定から、AI技術に関する特許の審査の動向が示されている。
意見募集稿では、主に専利法第2条第2項の技術的解決手段の審査および進歩性の審査について、新たな考慮要素を加えており、特許で保護できる客体の範囲をさらに拡大し、AI技術に関する特許の進歩性を審査するために新たなガイドラインを示している。このことから、現段階では、AIなどの新技術や新分野に関する特許審査の問題が比較的顕著であることが分かる。より明確な審査基準がないがゆえに、一部のAIなどの新技術や新分野に関する特許が、保護の客体や進歩性の審査により拒絶されることとなる。従って、新しい技術の発展に伴う審査指南の改善は必要不可欠である。

具体的には、専利法第2条第2項における技術的解決手段の審査について、下記の2点が加えられた。

1点目は、特にソフトウェアとハードウェアの組み合わせ、つまり、アルゴリズムとコンピュータシステムの内部構造との関連付けに関わっている。具体的には、深層学習、分類、クラスタリングなどを含むAIやビッグデータアルゴリズムの改良に対し、該アルゴリズムとコンピュータシステムの内部構造とが技術的に関連し、データストレージの量の削減、データ転送の量の削減、ハードウェアの処理速度の向上などを含むハードウェアの計算効率または実行効果の改善という技術的課題を解決することができ、自然法則を適合したコンピュータシステムの内部性能の向上という技術的効果が得られる場合、該請求項が限定した解決案は専利法第2条第2項に記載の技術的解決手段に該当する。

2点目は、ビッグデータと自然法則との関係に関わっている。特定の応用分野におけるビッグデータの保護を請求する場合、分類とクラスタリング、回帰分析、ニューラルネットワークなどを使用して、データ内の自然法則に適合した内部関連を見つけ出すことによって、特定の応用分野におけるビッグデータ分析の信頼性および精度を向上させる技術的課題を解決し、相応の技術的効果を得る場合、該請求項が限定した解決案は専利法第2条第2項に記載の技術的解決手段に該当する。

また、進歩性の審査にも下記の2点が加えられた。

1点目は、上記の「技術的解決手段の審査」の1点目に続き、ソフトウェアとハードウェアの組み合わせ、つまり、アルゴリズムとコンピュータシステムの内部構造との関連による進歩性に対するものである。該請求項のアルゴリズムとコンピュータシステムの内部構造とが技術的に関連し、データストレージの量の削減、データ転送の量の削減、ハードウェアの処理速度の向上などを含むハードウェアの計算効率または実行効果の改善を果たした場合、該アルゴリズムの特徴と技術的特徴とが機能的に相互にサポートし、相互作用関係を有することが認められる。進歩性の審査においては、前記アルゴリズムの特徴の、技術的解決手段への貢献を考慮しなければならない。

2点目は、主にユーザー体験による進歩性の審査への影響に関係する。実務において、AI特許による技術的効果の多くは、直感的な面でユーザー体験を向上させている。例えば、AI技術により、提供データの精度や、表示ページの見栄えを向上させ、ユーザーの個人的な需要を満たすなどが実現されている。そのため、新たに加えた進歩性の要素では、「発明特許出願の解決案がユーザー体験の向上をもたらし、かつ該ユーザー体験の向上が技術的特徴によりもたらすまたは生成されるもの、あるいは、該ユーザー体験の向上が技術的特徴、および技術的特徴と機能的に相互にサポートし、相互作用関係を有するアルゴリズムの特徴または商業規則および方法の特徴とが共にもたらすまたは生成されるものは、進歩性の審査においては考慮しなければならない」と明らかにしている。

上記の新たに追加された技術的解決手段および進歩性の審査における考慮要素は、いずれもAI技術等の新分野の特許審査に合うものであり、AI技術の特徴に沿ったものである。前述の意見募集稿が最終的に実施されれば、AI技術分野の特許出願が大いに促進され、中国のAI技術分野の革新および発展に寄与できると予測できる。
一方、AI生成物に対する進歩性の審査は、現在まだ理論研究の段階であり、実務上展開していないため、際立った問題は生じないであろう。しかしながら、AIが学習できる技術の範囲は理論的には無限であり、現段階の自然人である「当業者」が接する他の分野の技術よりも遥かに多いため、AI生成物は異なる分野の技術を創造的に組み合わせて新たな技術を生成しやすい。そのため、AI生成物に対する特許審査において、「3つの特性」の審査基準の改善や、AI生成物に適するより良い技術的解決手段などを求める必要があるかもしれない。近い将来、AIが人間社会にもたらす新たなエクスペリエンスを楽しみながら、AIが特許制度にもたらす新発想や変化も注目されると考えられる。

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