数値限定発明に関する進歩性について

目次

はじめに

化学系(バイオ系含む)の出願においては、数値限定発明が非常に多いという特徴があります。当所の化学系出願においても、ほぼ100%の出願において、何らかの数値限定的な記載が設けられています。

数値限定発明は、進歩性の審査において特殊な扱いをされることが日本国特許庁の審査基準で明言されており(第III部 第2章 第4節「特定の表現を有する請求項等についての取扱い」)、これを正確に理解することは化学系の出願において非常に重要といえます。そこで、以下に数値限定発明の進歩性について簡単にまとめています。

数値限定発明のパターン分け

審査基準には、「主引用発明との相違点がその数値限定のみにあるときは、通常、その請求項に係る発明は進歩性を有していない」とされています。つまり、数値限定のみが相違する発明は、原則として進歩性が認められません。逆に、「①数値限定以外の相違点が存在する発明」は、通常の出願と同様に進歩性が認められます。

一方、審査基準では、数値限定のみが相違する発明であっても、その効果が「引用発明が有する効果とは異質なもの、又は同質であるが際だって優れたものであること(すなわち、有利な効果が顕著性を有していること。)」である場合には例外的に進歩性が認められます。つまり、数値限定のみが相違する発明で進歩性が認められるのは、「②異質な効果を示す発明」または「③顕著な効果を示す発明」となります。これらをまとめると下図となります。

数値限定発明のパターン分け

①数値限定以外の相違点が存在する発明

「①数値限定以外の相違点が存在する発明」は、特殊な取り扱いがされないため、数値限定発明の中では最も進歩性が認められやすいです。ここで、数値限定以外の相違点(以下、相違点Xと記載)が存在する発明であれば、そもそも数値限定は不要にも思えます。実際に、数値限定の有無が進歩性にほとんど影響を与えていないケースもありますが、一方で数値限定の存在が相違点Xを際立たせて進歩性に寄与するケースもあります。

例えば、本願発明が「加熱工程」を相違点Xとして備えるとします。「加熱工程」という用語には、水分の乾燥、化学反応の促進、成分の熱分解などさまざまな工程が含まれます。そのため、本願発明が成分の熱分解を目的とした「加熱工程」であっても、水分の乾燥を目的とする「加熱工程」を備える先行技術が審査で提示されるという事態が起こり得ます。このような際に、「加熱温度は200℃以上300℃以下」という数値限定を補正で追加すると、先行技術と異なる加熱工程を備えることが明確化されるため、進歩性が認められます。

このケースのように、数値自体にそこまで重要な意味がないとしても、数値限定を相違点Xと上手く組み合わせることで、相違点Xが先行技術と異なることが明確化されて進歩性が認められるというケースは意外と多く存在します。

②異質な効果を示す発明、③顕著な効果を示す発明

「②異質な効果を示す発明」と「③顕著な効果を示す発明」は、似ているようにも見えますが、審査基準では明確に区別されています。両者の違いを説明するために、まず、「異質な効果」と「顕著な効果」の違いを説明します。

例えば、成形物に酸化防止剤を添加して耐候性を付与する先行技術が存在する場合において、酸化防止剤の添加量を特定範囲とすることで耐候性が大幅に向上した発明が存在したとします。酸化防止剤の量を調整することで耐候性が向上するのはある程度予想できますが、その向上の程度が劇的であり、量的に予想外であれば「顕著な効果」といえます。

一方、上述の例において、酸化防止剤の添加量を特定範囲とすることで何故か強度が向上したという発明が存在したとします。酸化防止剤の量を調整することで強度が向上するのは通常予想できず、このような質的に予想外の効果は「異質な効果」といえます。

このように、効果が予想外であることを前提として、質的に予想外であれば「異質な効果」、量的に予想外であれば「顕著な効果」となります。

「②異質な効果を示す発明」と「③顕著な効果を示す発明」の違いを分ける重要なキーワードとして、「臨界的意義」があります。「臨界的意義」とは、数値範囲の内側では所定の効果が得られるのに、数値範囲から少しでも外れると効果が得られず、数値範囲に重要な技術的意義があることを意味します。

審査基準には、「数値限定の臨界的意義として、有利な効果の顕著性が認められるためには、その数値限定の内と外のそれぞれの効果について、量的に顕著な差異がなければならない。他方、両者の相違が数値限定の有無のみで、課題が異なり、有利な効果が異質である場合には、数値限定に臨界的意義があることは求められない。」とあります。つまり「③顕著な効果を示す発明」には臨界的意義が必須ですが、「②異質な効果を示す発明」は臨界的意義が不要となります。
以上をまとめると、数値限定発明の効果が予想外であることを前提として、効果が質的に予想外であれば、臨界的意義の有無を問わずに「②異質な効果を示す発明」となります。また、効果が量的に予想外であり、かつ臨界的意義があれば「③顕著な効果を示す発明」となります。なお、効果が量的に予想外であっても、臨界的意義が無ければ進歩性無しとなります(下図)。

臨界的意義の図

臨界的意義の認定の困難さ

「臨界的意義」という用語は特許業界において有名であり、数値限定発明の出願にあたっては「数値限定の上限・下限付近のデータを細かく取らなければ臨界的意義を主張できないのではないか」と気にされる発明者も多いです。また、臨界的意義については有名な判例も存在し、既に多数の先人が検証を行っています。その結論をまとめると、臨界的意義は審査でほぼ認められず、「③顕著な効果を示す発明」が特許化するのは極めて困難なのが現状です。これは、数値範囲を調整すると効果が増減するのは分野を問わず技術常識で、その延長線上にある「③顕著な効果を示す発明」を特許として認めたくないと特許庁が判断しているためと思われます。

また、別の問題として、仮に臨界的意義が認められるとしても、そのためには多数の実施例・比較例からなる裏付けデータが必要となり、発明者に多大な負担が発生します。企業の命運を握るような重要出願であればともかく、それ以外の出願で毎回発明者にこのような負担をかけてしまうと、出願の労力的コストが権利化により得られるメリットを上回ってしまう可能性が高いです。
この「臨界的意義」が認められるためのハードルの高さとデータ取りの大変さの観点から、「③顕著な効果を示す発明」で権利化を目指すのは非現実的と当所では考えています。

結論

以上のように、数値限定発明には、進歩性が認められやすい順番に、「①数値限定以外の相違点が存在する発明」>「②異質な効果を示す発明」>「③顕著な効果を示す発明」の3パターンがあります。そして、「③顕著な効果を示す発明」で進歩性が認められるためには越えなければならないハードルが非常に高く、実務としては非現実的といえます。

そのため、当所では、数値限定が重要となる出願依頼を受けた場合、まずは「①数値限定以外の相違点が存在する発明」と判断されるように数値限定以外の特徴を探し、次は「②異質な効果を示す発明」と判断されるように質的に予想外な効果を探します。

発明者が数値限定以外に特徴がないと考えている発明であっても、視点を変えて見ることで新たな特徴が見つかることもあります。当所では、このような取り組みで特許査定率の向上につなげています。

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